この時期

ブログが後回しになっていますが、この時期は年度末の申告準備でバタバタです。もっと早く準備しなければいけないのですが、今年は様々なことが重なってしまったから…と自分をなぐさめつつ、必死になって作業してます。

コロナも落ち着かず、ウクライナの戦争が勃発し、11年目の大震災の日も過ぎました。1か月後、半年後、1年後、本当に何が起きるか分からない世界。

先日ラジオで、大震災の前日に何をしていたか覚えていますか?忘れてしまうような日が、実は平和で幸せな日常なのだ、と言っていました。

実は大震災があった前日を、私はよく覚えていました。友人たちと久しぶりに焼肉を食べに行っていて、帰りに何気なく写真を撮っていたからです。 いつもの日々なら思いださないような一日なのに、大きな震災という出来事の前日だったために不思議な記憶の残る1日です。写真に写る自分は震災を知らない自分、翌日からこんな事になるなど思いもしない自分がそこにいます。

震災があった日、戦争が始まった日、コロナ禍の日々。その時代を生きている人に大きな影響を及ぼす分岐点のような日。もう戻れない日がどうしようもなく存在して、途方にくれます。

最近続けて戦争にまつわる話を見ました。
野坂昭如の戦争童話集の映画「焼跡の、お菓子の木」、もう一つはこうの史代の漫画「夕凪の国、桜の国」。そして小学3年生の教科書の「ちいちゃんのかげおくり」。
どれも戦争で苦しむのはいつも市井の人や子供たち。あまりに悲しくてどれも見た後に涙が溢れました。

今もウクライナで戦争が行われ、こんなことが現実に起きているのがあまりに悲しい。
うちの3年生の息子は、教科書のお話を読んだ感想文に「かなしいお話なのでこんな話はにどと見たくありませんし戦争で死ぬのもいやです。きっとそう思ったでしょう、ちいちゃん・・・。」と書いていました。平和主義の息子は正直です。
忘れてしまうような、普通の平穏な日々が早く訪れる事を望みたいものです。

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