庭でのできごと

春になり、借家の庭もすっかり緑に覆われました。
昨年植えたチューリップも良く花を咲かせてくれました。今はもう花を落とし、球根に栄養を蓄えています。

春の庭

その一方で小さな庭で起きる、命のかけひき。

ひとつめ。

子供を送ろうと車に乗る足元に、それはありました。
もう息絶えていた、体長5~6cmの小さなモグラでした。ネズミのような耳はなく、鼻がとんがっていて大きな手、そしてぽわぽわとした毛がついたしっぽ。

すみません、写真見たくない方はすぐ飛ばしてください。下に写真載せます。というのはあまりにかわいいのです。










もぐら

死んだものにかわいいというのは不謹慎なのですが、両手両足を開いてコロリと転がっていたのです。小ささと、フォルムが、かわいいとしか言えません。 サイズがシルバニアファミリーの人形サイズです。
誰がこのもぐらを殺めたのかは分かりません。でもうちには2匹の猫がいて、庭で死んでいたという客観的事実はやはり…と思わざるを得ません。

ふたつめ。

今朝、息子を小学校に送り出したときに庭でぱたぱたともがいていた、カルガモのひな。

カルガモのひな

けがの程度が分からないのですが、息も絶え絶えで眠っています。

毎年うちの大家さんの池にカルガモが卵を産んで子育てをします。どうもその一匹が何者かにつかまって、うちの庭でうずくまっていたようです。見に行ったらやはり親ガモは子育て中でした。

けがをしていて放っておくわけにもいかず、獣医に電話をしたら野鳥は市の管轄という事で電話を掛け直し、カルガモは「害鳥」の区分になってしまうので積極的に保護・治療の対象ではないとの事。自然界ではこういうひなを食べて生きている動物もいて…云々という説明。

確かに自然界の命の循環。生きて死んで食料になり土に還るという事は分かっているのですが、でも目の前でひなが苦しんでいたので、それを助けてしまうのもまた人の行ってしまう行動の一つではないでしょうか。

これもいったいどうして?と思いますが、おそらくは…。

うちの猫

家では甘えん坊の2歳猫ですが、外では残酷な捕食者になってしまうんでしょう。これも本能が行わせる業。誰が悪いという事もなく、自然の中の出来事の一つなのでしょう。

でも理性を持つ人間とそうではない動物の、生きる事の違いのようなものを感じました。 日常的に肉や魚を食べて生きていますが、それでも、命が貴重に思う気持ちは人にとってどんな時も失っていけない事ですね。残酷なニュースが続く今の世界では特にそう思います。

ちいさな庭がさわがしい春です。

※やっぱりヒナは生きられませんでした。短い命でしたがうちの娘が保育園に行く前にかわいがってあげました。このことを忘れないでいてほしいです。

※再追記。
娘はこのヒナをねらったのはひま(猫の名前)との証拠がないのだから、ひまのせいにするのはかわいそうだ!と言い張ります。でももっともな意見です。決めつけはいけないなと学びました。

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