先にあるもの

思いのほか副鼻腔炎の不調が長引き、今月は遅れた仕事を取り戻すためにクラフトフェアも行かず仕事をしたり、おとなしくしていました。

家でニュースを見ていて、心に引っかかった2つの訃報がありました。

一人はエベレストで亡くなった栗城史多さん。

私はソロクライマーの山野井泰史さんという登山家が好きでブログや本を読んでいるのですが、この方をネットで調べていると比較されるように栗城さんが出て来ることで知りました。

この方の登山はネットでも賛否分かれるようなスタイルの登山でした。登山の様子をネット中継したり、無理だと言われる様々な難関ルートに単独無酸素で挑戦したり。見ていくとかなり無理な登山をしていることが分かりましたが、その動向はなんとなく気にしていました。

そして今回エベレスト下山中に亡くなったという事でした。情報によると挑んでいた南西壁ルートは99パーセント無理なルートで、しかも単独無酸素というチャレンジだったようです。

人は自分で限界を決めていたり、他人に無理だ前例がないと言われたり、色々なしがらみを感じてやる気をそがれるようなことが多い中で、まず行動してみるという、その気持ちや行動力はある人なんだなと思います。だからこそ栗城さんは多くの有名人や起業家からの応援があったようでした。

ただ、自分の限界は自分で決めない、可能性がある限りそこに挑戦する、というのはすべての事に可能だろうか?と考えています。

例えば世の中を一新するような新しいサービスや製品を開発して成功する起業家になること、これは可能性はゼロではない。

また、現在グレートトラバース3として日本300名山を踏破中の田中陽気さん。ものすごい身体能力があるからこそ可能ですが、健康でお金や時間がある人なら同じ挑戦をして(いつか)達成できる可能性はゼロではない。

でも、卓越した技術や不断の努力や体力を持ち合わせていないと挑戦できない極限の場所には、自分自身でその資格があるかを見極めないと。

もしかしたら栗城さん自身は好きな山にチャレンジをして、その結果の死ならそれは悲劇ではないと思うかもしれません。でもあまりに無理な場所への挑戦は、判断は正しかったのでしょうか。

栗城さんの伝えたいことを全否定するつもりもなく、共感できる言葉もあります。行動力や発信力のある人だったんだなと思います。

同年代の人間として、山登りをかじった一人として、極限に挑む一流のクライマーになりたかったのかな…と哀しみを感じました。

もう一つは新潟で遭難死した、親子の訃報。

同じ同年代のお父さんで、しかも子供も同じような年ごろ。先日亡くなっている所を発見されてしまいました。

どんな気持ちで山登りをしようと思ったのか、山でどんな声を掛け合いながらさまよっていたのか、想像すると胸が締め付けられそうです。

自分も子供が山に興味あるなら一緒に汗をかいて、頂上からの眺めを見せてあげたい。このお父さんもきっと同じ気持ちだったんじゃないかと思います。

二人が同じ場所で発見されたことが、せめてもの救いかと思いました。二人で登ったんだから、一人で死んでいくのは寂しい。そう思います。

栗城さんと親子の訃報、色々な判断ミスが招いた悲劇だったでしょう。結果としての様々な批判はあるかもしれませんが

よく頑張りました。

漫画「岳」の三歩のように、心からのねぎらいの言葉をおかけします。

画像の説明

家の門の先はすぐ道路なので子供の飛び出しが心配で、こんな標識を貼りました。

足を踏み出す前に一旦止まること。左右を見て確認すること。

なんとか元気に成長している子供たちに、せめて不慮の事故に遭ってほしくないので、できる事をしてみました。

一旦止まって、左右を見ること。
先にあるものを見極めること。

これは自分に言い聞かせることだなと思いました。

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